
こんにちは、エスジェイ(@crisisnoeln)です。
エヴァンゲリオンの映画の新作が、今年の6月27日に公開されるということで、過去の3作品をイッキ見した。
今回はその感想を語りたいと思う。
劇場版エヴァンゲリオンとアニメ版の違い
原作アニメが大流行した作品はやがて「金のなる木」化が止まらなくなり、やがては劇場版で完結という流れになっていく。
過去にはガンダムやまどかマギカなどもやってきたことだ。
数年前~今現在(2020年)だと「デジモンワールド」がやっている販売戦略でもある。
原作アニメはとうの昔に完結しているにも関わらず、少しリメイクした程度でやり直す。というのがこの手法の一般的なやり口だ。
その一方で、純粋な理由としては「初見の人のため」というのもあるだろう。
原作も観ている層が圧倒的に多いとは思うが、ガンダムにしても原作アニメの50何話を見るよりも、劇場版の3部作で『ファーストガンダムとは何ぞや』を知るほうが、何年も経った今となっては効率が良かったりもするし、よりライトユーザー向けでもある。
そういった意味では、アニメ版を薄めたような3部、4部作のような映画版も一概に悪いとはいえない。
しかし、ことエヴァンゲリオンにおいては他の作品とは少し毛色が違う。
エヴァのアニメ版は、完結こそしているものの、作中に登場する多くの伏線が謎のままで終わる。
最後はみんなで拍手して終わるという、ある種、夢オチのような終わらせ方をしているのだ。
その謎、伏線を回収するべく10余年の時を経て、2009年に新劇場版の1部目となる「序」が公開されたのだ。
序は原作の再現性が非常に高い

1作品目となる「序」はかなり原作アニメをなぞって作られている。
この映画からエヴァを観る人でも分かるように、丁寧に編集ダイジェストを作っているとも思える作りだ。
そういう作り方をすれば、元々の原作アニメのクオリティは高いので、必然的に劇場版の完成度も高くなる。
なのだが、正直、原作アニメを観ていた私からすると、ただただダイジェストを見せられているように思えて、少し物足りなかったのが正直な感想だ。
細かい違いはあれど「続きが見たい!」という私のようなユーザーからすると、序は結構キツイものがある。
それこそ序は、YouTubeとかで流れる3~5分のダイジェスト版でも良いくらいだった。
相変わらずアニメ版のダイジェスト感の強い2作目「破」

3作品イッキ観した率直な感想としては、序と同様に破もアニメ版のダイジェスト版にすぎないと思った。
新キャラクターのマリであったり、カヲル君の登場シーンだったりと、アニメ版とは違う角度の演出は数多くあるのは分かるのだが、やはり私としてはアニメ版のかさ増しに思えて仕方がなかった。
細かいシーンの比較とか、アニメ版と比べて云々とか…こんなことは本当に一部のマニアしかやらないことだろうし、多くのライト、ミドル層は気にしていないだろう。
例えるなら「あ、そのネタ前に見たことある~」という最前列で思わず口にしてしまう子供のような気分になれる映画だ。
これは芸人殺しとも言えるワードなので、制作側からすると最も言われたくない表現のひとつだとは思うが、まあ、是非もないだろう。
一変する3部作目「Q」

Qが公開されたのは2012年のことだ。
私は当時からエヴァ観ており、序と破も観ていた。
確か、序は劇場まで見に行き、破はレンタルビデオで観たと記憶している。
Qは公開時には話題にもなったが劇場にも行かず、これまでDVDをレンタルすることもなかった。
なぜQを観なかったかといえば、単純にその頃は仕事も忙しく、年齢も22歳の頃だったので「いい大人がアニメなんて観ていられるかよw」という子供のような考えがあったので観なかったのもあるが、もうひとつ、序と破がただのダイジェスト版だったため「どうせQもアニメのダイジェストなんだろう?」と最初から期待してなかった。「庵野くん、どうせ伏線回収できへんやんけ!!」と思っていた。
エヴァはパチンコの演出で観れば良いやくらいに思っていた当時から、早8年が経過したわけだが・・
この「Q」はもっと早く観ておくべきだったと少し後悔した。
序と破とは冒頭から明らかに違う世界の話になっており「ん?これは、、なんぞ?」という気持ちになり、続きが気になって仕方なくなった。
同時に『この意味わからん感じ、、、まさにエヴァやん!』というワクワク感が湧いてきたのだ。
ストーリーの謎に関しては、ここではあえて言及せずおくが、まあ本当に終始意味がわからんし、終わり方も中途半端というか、露骨に「本編は次回からです」という終わり方なので、Qを観たらもう次回作品を義務感みたなもので観に行きたくもなるのが不思議でならない。
特に意味はない

Qと今年6月に公開される4作目(正式名称はまだ未定)はワンセットとなっているのだろう。
今回エヴァの劇場版をイッキ観してみて気がついたことが1つある。
この作品の伏線は気にしてはならないということだ。
私の好きなアニメにシュタインズゲートという作品があるのだが、このアニメの主人公である岡部倫太郎は重度の厨二病で、謎の組織に追われているとかで、一人で電話をするフリをしたりする。
電話を切るときには「エル・プサイ・コングルゥ」という謎の隠語のような言葉を残して電話を切るのだ。
全ては運命石の扉(シュタインズゲート)の選択によって決められる。エル・プサイ・コングルゥ。。。。
このアニメを最初観ると、まったく意味が分からずに「なんだこいつ?」ってなるのだが、正しい捉え方がある。
彼の奇怪な行動には「特に意味はない」ということだ。
岡部倫太郎の妄想の世界「シュタインズゲート」をアニメ化したものが「エヴァンゲリオン」のような世界だ。
「全てはゼーレのシナリオ通りに」という碇ゲンドウの有名なセリフがある。
私が10代の頃は、「ゼーレとはなんぞ?」と、よく考えたものだが・・
「ゼーレのシナリオ」とは「シュタインズゲートの選択」と同義である。
特に意味はない。
まとめ
3部作をイッキに観た。
感想を一言で言えば「特に意味はない」がやはり自分の中で一番シックリくる。
特にQを観て「意味が分からない」という感想を大半の人は持つだろう。
だが、そもそも「特に意味のない」ものなわけだから、当然伏線にも特に意味はない。
ただただエヴァという作品は厨二っぽい世界観で、カッコいいバトルや、かわいい女の子を楽しませてくれると思えば良いのだ。
これが今のところ一番シックリくる観方なのは間違いない。
6月27日公開の「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」では、是非とも「意味があった」と思える作品を見せて頂きたいものです。