藤本タツキの読切「さよなら絵梨」を読んだ感想 ネタバレ含む

エスジェイ(@crisisnoeln)です。

ちょっと前ですが、ジャンプ+で掲載されて話題になっていた藤本タツキ先生の新作読み切り「さよなら絵梨」を読んだので感想を書いていきます。

ジャンプ+では今月いっぱいくらいまで読めると思いますが、期間限定公開のようなのでリンクは掲載しないでおきます。

さよなら絵梨の感想

チェンソーマン描け!というのが、この漫画を読む前の一番最初の感想なのですが、それは何やら言ってはいけない雰囲気になっているようなので、ここでは触れないでおきます。

ちなみに、チェンソーマンの2期は去年あたりから半年後には~、とか、秋から書きます!とか、描く描く詐欺が…

さて。ここから本編の感想です。

感想の前に、軽くストーリーのあらすじを説明をしておきます。

母親が命にかかわるような重病の男の子が母親に頼まれ、最後の姿、闘病を美しく映像に残していきます。

その模様を編集し、ノンフィクション映画風にまとめて、文化祭らしき祭典で発表しますが、生徒たちからは酷評の嵐で「クソ映画」とディスられます。

ディスられすぎて、心を病んだ男の子は母親の入院していた病院の屋上から飛び降りようとするも、偶然その場にいた絵梨に止められ、会話をするうちに、彼女はクソ映画とディスられた自分の作った映画を見たことがわかり、彼女と仲良くなっていきます。

みんながクソだと馬鹿にした映画を絵梨は「面白かった」と評価し、以後、彼女と映画を毎日見まくる三昧の日々を過ごし、映画力を上げていき、クソ映画だと馬鹿にした連中を見返すため、もう一度映画を撮ろうと奮闘していきます。

大雑把なストーリーはこんな感じです。

 

学生が病気の母親をネタにした映画を撮る→文化祭で上映すると酷評→ショックで自◯しようとするとタイミングよく女の子と出会う(タイトルの絵梨)→絵梨と共に映画を研究し、今度こそ神映画を作ると奮起する

 

ここまでは、バトルが映画制作になったドラゴンボールのような展開で王道の流れになっています。

何かに対して自信をもって挑むも挫折する。心が折れて諦めかけるも、何かをきっかけにもう一度奮闘しようと修行を開始する。

少年漫画の王道パターンだと、この後は修行の成果をいかんなく見せつけて見事リベンジ成功!という流れになりますが、そうはならないのが藤本タツキの面白いというか、ヤバいところです。

この漫画のこの後の展開をすべて文字で説明していくのは、かなり大変だと思われるので詳細は省きますが、とにかく二転三転していきます。

この作品同様に藤本タツキがジャンプ+で連載していたファイアパンチという漫画がありましたが、話の展開としてはファイアパンチと似ています。

一見、支離滅裂にストーリーが展開していくようなのですが、全体の話として見ると思ったよりもちゃんとした話になっているというか、ある視点から見ると話が繋がるようになっているというのが面白いところです。

 

以下、メモしてたポイントを簡単にまとめます。

 

母親が実は悪い人


© 藤本タツキ さよなら絵梨より引用

病気で優しかった母親が若くして亡くなる。そんなかわいそうな人を最後は建物ごと爆破して終わらせる。

こんなことをしたら胸糞悪いのは当たり前ですが、しかし実は母親は日常的に虐待するような酷い人だと判明すると、とたんに最後の爆破シーンは「ざまあw」となるのが人間心理です。

同じ人が同じような最後を迎えても、その人がどんな人なのかを知ってるほどに結果に対しての感情は変わります。

絵梨は妄想なのか実在するのか


© 藤本タツキ さよなら絵梨より引用

映画をディスられ、自暴自棄となって最後は飛び降りようと思った主人公の前に、突如として現れた謎の美少女。

彼女は容姿が良いだけではなく、映画マニアで、しかも自分の気が狂う原因になった自作映画も観てくれているだけではなく、その映画が超面白かったと評価してくれます。


© 藤本タツキ さよなら絵梨より引用

そして彼女と共に一から映画の勉強をしつつ、また映画を撮ることになると…。

ここまでは、あまりに主人公にとって都合のよい展開が続きます。

これは、漫画だから主人公に都合のよい展開が起こるという漫画的な演出部分と、主人公の妄想だから都合の良いことが起こる。という2つの見方ができるようになっていて、最後まで読んでも結局は絵梨が妄想の存在なのか、本当に吸血鬼なのか、正体はいまいちわかりませんが、そんな謎の存在としてうまく見る側に委ねられているのが良く出来てるなと思いました。

映画JOKERでも、主人公が妄想してるのか現実に起こっているのか、いまいち分からないという描写を後半ではうまく利用して演出していきますが、妄想なのか実在するのか、ファンタジー作品なのか、いまいち掴めない存在というのが何ともいえない独特な味わいがあります。

まとめ

他にも細かい点をあげるといくつかあるのですがこのくらいにしておきます。

なんかよく分からないけど、単行本1冊分くらいのページ数なのに最後まで読めちゃうのが不思議ですね。

面白いのかどうか?と聞かれると、何ともいえないんですけど、それこそ作中で映画を観まくって「何がどう面白いか考えろ」って絵梨に言われて「面白いって何かが分からなくなる」と主人公が言いますが、この作品自体がそんな存在ともいえます。

これに対して絵梨が「私は何が面白いかちゃんと理解してるから大丈夫、そのまま続けて」と、映画のネタ作りに悩む主人公に対して自信たっぷりに返答するシーンがありますが、おそらくこれは藤本タツキ先生の実体験というか、こうであって欲しい的な妄想なのではないかと思われます。

つまり、面白いとは何か?が見えなくなった主人公が藤本タツキで、その迷いを自信たっぷりに私には正解が見えてるから大丈夫!と断言してくれる妄想上の美女が絵梨なわけです。

前作のルックバックもそうでしたが、創作活動そのものがネタということは、自身の体験談というか、感じてる感性というのが随所に出てきますね。

 

それにしても、読み切りで毎回単行本にして何十万部も売り上げてしまうとなると、ますますチェンソーマン2期が読める日が遠くなりそうですね。

多分、さよなら絵梨も単行本化されてそれなりに売れてしまうと思うので、チェンソーマンの描く描く詐欺はあと2~3年は続くのだろうと予想しています。まあ気長に待ちます..。

チェンソーマンは2期もですが、ネトフリでアニメ化決定しているので、そっちの方も楽しみです!

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